小説・十分に発達した魔法は科学と区別がつかない

Chapter 03

目を覚ますと時刻は夜の20時を過ぎようとしていました。

日はとうに暮れています。

私は慌てて飛び起きると、あり合わせの食材で軽く夕食を済ませました。

明日のゼミ課題を片付けなくては。

世間ではそこそこ名の知れた大学の物理学科に通う私は、4月に配属が決まったばかりの研究室の課題に追われていました。

その研究室は物理学科のなかでも少し異質と言われています。

物理学の世界というのは普通、実験系と理論系に分かれており、研究室の長たる教授はそのいずれかの領域を究めた学者ということになります。

しかし、私の属する研究室は実験系とも理論系ともつかず、いまいち何をやっているのかわからない、というのが定評でした。

精神物理学。

強いて言えば、それが私の研究室が受け持つ学問分野です。

では具体的にどんな研究をしているのか。

研究室のある先輩は、フェヒナーの法則を追証実験しつつ、痛みの強さを客観的に定義できないかを研究しています。

毎日、女子大学生に向かって「私を強く踏んでください!」と懇願し、不審の目、蔑みの目で見られています。

本人曰く「それがかえってたまらないのだよ!」とのこと。

痛みと快情動との相関についても重要な研究テーマなのだそうです。

また、ある先輩は運気と物理現象との関係性について研究しています。

今いける気がする!という好調な気持ちで物事に取り組むとそうでない場合よりも成功しやすい、という客観的事実が5%水準で有意に得られているのだそうで、その理由を解明することに情熱を燃やしています。

なお、この先輩は重度のギャンブラーです。

そして、肝心の教授はと言えば、以前どのような研究をしているのか聞いたのですが難しすぎて私の理解が追いつかず、なんかすごいことやってるらしい程度しかわかりませんでした。

これはあくまで噂ですが、教授は「学会の異端児」と呼ばれ良くも悪くも有名な人なのだそうです。

このような人たちが学内で群雄割拠できるのは本学の懐の深さなのかもしれません。

ともあれ私は明日のゼミのために課題をやっつけなくてはなりません。

「言霊とは何か?これは非科学的な迷信か否か?論ぜよ」

これが目下、取り組むべき課題です。

教授がなぜこのような課題を出したのか想像もつきませんが、きっと何か意味があるのでしょう。

それなりに真剣にやろう。

そう思いつつ、使い慣れた Mac book を開きテキストエディタを立ち上げました。

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